法界院駅 – 山陽新聞



しころ葺屋根を持つ法界院駅

駅舎に貼られている建物資産標

使われていないホームの擁壁に布積みされている花崗岩

列車が発着するホームの擁壁は片側が練積み花崗岩

改札口から見たプラットホーム。小庭の間に通路跡のようなスロープもある

側線に使われている、コロラド社が1917年に製造したレール

 『国鉄全駅ルーツ大辞典』(竹書房、1978年)に、法界院という駅名は「近くの真言宗金剛山法界院の寺名をとる」と書かれている。真言宗法界院は岡山市北区法界院にあるが、駅があるのは岡山市北区学南町3丁目。法界院は三野、宿(しゅく)、北方(きたがた)、津島の一部を統合して1973(昭和48)年、学南町は1965(昭和40)年、北方の一部に付けられた地名のようだ(『角川日本地名大辞典 岡山県』、角川書店、1989年)。

 『停車場変遷大事典』国鉄・JR編Ⅱ、JTB、1998年)に法界院駅の歴史が載っている。駅番2504。中国鉄道岡山市・津山(現在の津山口)間の開業から9年半後の1908(明治41)年6月20日、簡易停車場として設置された。「中国鉄道会社線法界院停車場に於いては従来旅客、手小荷物のみ取扱居候處新たに法界院駅を開業し一般乗客、貨物の取扱を為す」と、停車場に昇格したのは9月2日。中国鉄道が国有化されたのは1944(昭和19)年6月1日だったが、当時の駅名表記は「はふかいゐん」だったらしい。

 駅舎の壁には「建物資産標 鉄停 駅 本屋1号 明治41年8月」が貼られている。『鐵道用語辭典』(博文館、1936年)は、「駅本屋」を「Station building 驛に於て運輸事務を取扱ふ主要なる建物である。原則として旅客待合所、出札室、手小荷物扱所、驛務室の合成したものである」と定義している。駅舎が建てられたのが簡易停車場の時か、停車場に昇格してからなのかは定かでないが、現在まで建て替えられることなく使い続けられている。

 駅舎の屋根は、寄棟(よせむね)の上に切妻(きりづま)を乗せた「しころ葺(ぶき)」。中国鉄道には勾配の異なる二重屋根を持つ駅舎が多かったが、現存する「しころ」は法界院、玉柏(たまがし)、誕生寺、弓削の4駅。法界院以外は1898年の開業時の建物だが、玉柏駅舎は待合を残すのみで、誕生寺駅舎には大幅な改修工事がなされている。

 プラットホームの擁壁(ようへき)には花崗岩(かこうがん)が積まれている。使われていない駅舎側が布積み、現役ホームの駅舎側が練積(ねりづ)みで、その反対側の底部一列は布積み。津山線のプラットホームにはイギリス積み煉瓦(れんが)や、布積み、谷積み、練積み花崗岩の擁壁があり、同じ駅でも異なる組積があっておもしろい。

 列車が行き交う「本線」に対し、車両の入れ換えや留置、修繕車の収容などに使う線路を「側線」と呼ぶ。岡山駅側の側線を観察すると、1917(大正6)年のコロラド社(Colorado Fuel & Iron Co.)製レールがある。改札口を入ると、社寺を思わせる小庭が出迎えてくれるなど法界院は、木造駅舎以外にも「駅学」を楽しむことのできる駅だ。

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 小西伸彦(こにし・のぶひこ) 吉備国際大外国語学部外国学科准教授。専門は産業考古学と鉄道史学。著書に「鉄道遺産を歩く 岡山の国有鉄道」「みまさか鉄道ものがたり」(ともに吉備人出版)など。1958年総社市生まれ。香川大経済学部卒。





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