鳥取・米子城跡に竪堀 登り石垣と併用で防衛 – 日本経済新聞



 鳥取県米子市の米子城跡(国史跡)で、既存の絵図には描かれていない竪堀が発見され、市文化振興課が16日発表した。竪堀は全長約63メートル、最大幅約13メートル、深さ2~6メートル。本丸北東側の斜面を登るように直線的に延びており、敵の水平方向への移動を遮断する目的があったとみられる。

 米子城は1591年に吉川広家が築城を開始。竪堀も同じ時期とみられる。2017年、北西側に長さ100メートルを超えると推測される登り石垣も確認されており、今回発見された竪堀と対でハの字形に配置し、2つの防御ラインで城を守っていたと考えられる。

 市文化振興課の浜野浩美主任は「中世の山城に多く用いられた竪堀と、広家が朝鮮出兵で技術を持ち帰った最先端の登り石垣を併用した城といえる。広家の城づくりの巧妙さがうかがえる」と分析する。

 また本丸に近い竪堀から瓦片が出土したことから本丸に瓦ぶきの建物があったことが想定できるという。小づちと宝珠の文様が岡山城や月山富田城(島根県安来市)の瓦と同じことから、山陰・山陽の城主が同系統の瓦工人集団を抱えていたと考えられるという。

 現地説明会は21日午後1時から。〔共同〕





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