「845年、般若心経を書写」 平安の勧請板、田げたに転用 鳥取・青谷横木遺跡 – 産経ニュース



 鳥取市の青谷横木遺跡で、「承和12(845)年3月17日に般若心経34巻を書き写した」と記した平安時代の勧請板が出土し、鳥取県埋蔵文化財センターが17日発表した。板は集落の入り口などに掲げて五穀豊穣や無病息災を祈ったとされるが、10世紀には田げたに転用されていた。

 堅田B遺跡(金沢市)、松原内湖遺跡(滋賀県彦根市)で、鎌倉時代以降の勧請板が見つかっているが、平安時代にさかのぼるものはきわめて珍しく、地方での仏教の在り方を考える史料になるとしている。

 田げたは長さ45・7センチ、幅9・6センチ、厚さ1・4センチ。板の作成者として「糸井広女」「糸井広成」「鴨取」の名前が記されていた。3人は文献にはない名前で、未知の有力氏族が遺跡付近にいたことを示すという。

 また、御利益を願った勧請板を田げたに転用するのは考えにくく、長期間、日光にさらされたことから文字が消え、勧請板とは知らずに田げたに用いられた可能性がある。

 文字部分は墨でコーティングされて、風化が遅いため、文字部分が浮き上がって残っていた。

 田げたは、平成27年に出土し、昨年2月に勧請板と判明。奈良文化財研究所での保存処理が終わり、21日~5月6日に鳥取県立博物館で展示する。





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